「心と体」のアンチエイジング

南波龍動が健康と生き方を考える

山の日(8月11日)で思うこと

8月11日は、祝日の「山の日」。
先日、小樽天狗山(標高532m)に登ってきた。
頂上付近からは小樽市の街や港が一望でき、
北海道の三大夜景に数えられるというほどの美しい景色だった。


天狗山というのは全国あちこちにあるらしく、
確かに小樽天狗山も天狗が住みそうな雰囲気が漂っていた。
ロープウェイのそばに、天狗山神社がある。
大きな天狗の像もあり、大きな鼻をなでると、運が開けるという。


全国の山々の上には、必ず神社がある。
日本は古来から、山には神が住んでいると考えられているからだろう。
山岳宗教の原点は、そこにあると思う。
小樽天狗山も昔は、修験道(山伏)の行者が修行をしたと言われ、
それをしのばせる山々をつなぐ小道や、崖の岩もあった。

岩が顔をのぞかせる小道を、うねうねと歩いて登る。
急な坂や、すべりやすいところもある。
聞こえるのは鳥のさえずりと、木々の葉が風にそよぐ音くらい。


自然の中にいると、五感が研ぎ澄まされるような気がする。
世俗を離れ、心が洗われるようで、かく汗もさわやかだ。


山に登る人は、大きく分けて二通りある。
登山愛好家と、山で修行をする修験道(山伏)の人だ。
現在は、登山者がほとんどだろう。


以前、山形県出羽三山羽黒山湯殿山、月山)に山伏修行の体験をしたことがある。
白装束に地下足袋で、羽黒山の2446段の石段を登ったが、さすがにきつかった。

何時間も山の中を歩いていると、自分の肉体との会話になる。
「つかれたな」
「いや、いや、まだまだ頑張れるぞ」
「自分の力で降りないと、だれも助けてくれないよ」
自分で自分を励ますと、また力がわいてくる。


世俗にまみれて生きる自分を山に入って清め、
そして世俗に帰ってまた頑張ることができる。


「山の日」は、山には神がいるという山岳宗教を思い起こさせてくれる。
そして、どこでも治らなかった私の体を治してくれた、
修験道を極めたM先生への感謝がこみ上げてくる。

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