「心と体」のアンチエイジング

南波龍童が健康と生き方を考える

人生は分からないから今日を精一杯生きる

僕は、暗い話は好きじゃない。
どうせなら、明るい話題の方が心の健康に良いからだ。
前向きに、ポジティブに、
笑って、明るく生きたいものだ。


でも、今回は悲しいことを書く。
仕事で顔見知りの30代の男性が、交通事故で亡くなった。
顔を合わせれば、会釈をする程度の関係で、親しくはない。
でも、顔はしっかりと覚えている。


いつだったか、スーパーで彼ら親子が買い物をしている姿を偶然、
見かけたことがあった。
まだ幼い子どもの手を引く、若いパパとママの姿があった。


僕は声をかけなかったが、ほほ笑ましく彼らの姿を眺めたものだ。
確か30代前半で、働き盛り。
仕事もできるようで、前途洋々だったはずだ。
それが交通事故で、一瞬にして帰らぬ人になった。
家族の悲しさは、察するに余りある。


それに比べ、僕はどうか・・
原因不明の体調の悪さで、四苦八苦して、青春時代がなかった。
人生の半分を棒に振ったと、落ち込んだときもあったけど、
還暦を過ぎてもピンピンして生きている。
いや、生かされている。


僕はここに、人生の不可思議さを思うのだ。
死んでもしょうがない人間が生きて、
これから自分のため、家族のために生きなければならない若手が急死する。


この世に、神も仏もないのかと、憤る気持ちになるのも当然だ。
だけど、僕ら凡人には分からない宇宙の何かしらの働きがあったのかもしれない。
運が悪かったといえば、それまでだけど・・・


仕事でちょっとだけでも、知り合ったということは、
縁があったということになる。
あの世で、ゆっくりと休んでくれることを祈るばかりだ。
合掌。


僕はいつも思っているのは、生と死は隣り合わせということ。
もっと言うなら、生と死は表裏の関係じゃないだろうか。


人間の死は、誰も予測できない。
もしできるすれば、宇宙、大自然、神、天という
人間力の及ばない偉大な力しかないだろう。


だから、いつ死んでもいいように、
今日を精一杯、生きようと僕は自分に言い聞かせている。